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身の程を知らない自己投資は最大の無駄遣いに近い

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どうもふしめろです。

自己投資と言うのは大事ですね。将来の自分に対して一定のスキルや知識を身につけさせて、自己価値を高めるというこの行為は非常に重要な事の一つです。

 

熱に浮かされていなければ自己投資は成功する

しかし、身の程を知らない自己投資というのはその実最大の無駄遣いに近いのではないでしょうか?

 

例えば僕は以前プログラミング教室にお金を払いました。それ自体は非常に良い教室だったものの、結局その後プログラミングと関係ないところで仕事をすることになっていますし、プライベートでもプログラミングしているわけでもありません。

当時は色々行き詰まっていた時であり、プログラミング教室という物に行きプログラムが出来るようになれば、何か道が開けるのではないかとがむしゃらに手当たり次第に自己投資をしていましたが、今にして思うとそれらは全て肥大した自意識の発露であり、全て合計すれば数十万円程度と決して多くはないですが、少なくもないお金です。

しかし、結果的に当時支払ったお金のほとんどが今となっては無駄金となっています。

 

コレを見た人は、お前だけの問題だろうと考える事と思います。自分の自己投資はきちんとした判断によって現状を見据えた投資が出来ていると。

 

本当にそうなのでしょうか?

 

主観的な自己投資より客観的な他者投資の方が成功率は高いのではないだろうか?

なぜ僕が自己投資に懐疑的になっているかというと、冷静に考えれば自己投資というものはどこまで行っても主観的な物だと気が付いたからです。気が付くのが遅すぎますね。

主観的な自己投資はその投資判断の大部分を感情で決定されます。たとえ、他の人がどう考えてもそれはゴミであるというような物に対しても、感情が許せばそれは自己投資に分類されてしまうのです。心当たり有りませんか? 僕の場合は上のプログラミングがそうでした。

 

しかし、これが他者投資だったとしたらどうでしょうか? なかなか特殊な条件での思考実験となりますが、投資する先が自分自身ではなく、自分と全く同一条件同一人格であるにもかかわらず赤の他人に投資をすると言う状況だったとします。

こうした特殊条件に置かれたときに投資者たる僕の金銭判断は、自己投資の時と同じような判断はまずしないだろう。と言う確信です。

 

冷静に個人のポテンシャルと進むべき職種が見えて来るでしょうし、それを元にこれから起こってくるだろう出来事と、労働環境の変化に対応出来るような勉強や制度を利用するために勉強なり何なりをするでしょう。そして、お金の使い方ももっと洗練されていくはずです。

 

であるならば、自己投資を積極的にするよりかは積極的な他者投資をしていき、冷徹な判断をした方がよほど自身の財産などを守れるのでは?

 

どうなんでしょうか?