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AIがもたらす病

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どうもふしめろです。

 

さて、巷ではAI、AI言われて久しいですが、時を同じくして人工知能に奪われる仕事一覧*1なるものも登場し、このまま発展していった際の現実世界にもたらす影響も徐々に想像できるようになってきました。

 

ちなみにこの間書いたエデンノアイは、AIが密接に関わっていった際にどうなる?みたいなことをテーマに書いた本です。

 

それはさておき、そうしたときにこうも言われるようになりました。

 

人間が労働から解放される

豊かな生活を歩むことができる

 

個人的にはこの言葉、悲観的になるよりましですがあまりに楽観的過ぎる気がします。

僕はこれと同じ状況が成立したら、皆自殺してしまうんじゃないかと思います。

 

AIが無自覚に人を死に追いやるのです。

 

それはなぜか?

今回はこれについて考えていきましょう。

 

この状態の定義をしてみる

ではこの2文からなる労働からの解放また豊かな生活を最低限定義してみましょう。

多分こういうことです。

 

自分の代わりにAIが働き、それなりの給料が入ってくる

 

これが前述2文の最低限の条件ではないでしょうか?それなりとしたのは今と同じくらいの給料と定義してしまうと豊かな生活?と疑問符が浮かんだりしますので、額面については適宜脳内補完をお願いします。

では、この生活が達成されたときに人はどうなるのでしょうか?

 

生きがいの喪失

それは無気力症候群にも似た、生きがいの喪失です。

自分が何をやればいいかわからない。何を楽しみに生きて行けばいいかわからない。

そういった人たちを大量に生み出します。

 

例えば昔からさんざん言われている日曜日のお父さん問題があります。

居間でテレビを見続けて、何の楽しみもなさそうに無為に過ごす方々です。

 

そういった方々が、仕事をAIにすべて任せてしまったらどうなりますか?
平日仕事しているからまだ週二日前後の休息がメリハリをつけると言った意味で機能しますが、AIに変わったら毎日が日曜日です。

しかもこの引用先の条件を見ると、かなりの若年にまでその傾向があることが分かります。

――何してるのが一番たのしい?

たのしいことがない。することがないからしているだけ。ぜんぶつまんない。

10代のギャルにはスマホはもうつまんないらしい - あまのじゃく日記

 

彼らはAIにとって変わられた後、毎日何をやるのでしょうか?

 

AIは悪くない

仕事を無くし、生活に何の不安がなくても人生に生きがい、やりがいを見いだせない人がどんどん増えていくのではないでしょうか?

そうした人たちはもしかしたら自殺と言う道を選ぶかもしれません。

新旧の価値観が入り乱れた時代、昭和二十年、三十年代の十代の自殺は厭世つまり世の中が嫌になったと言う理由がトップだったと言う記事を見つけました。

 

さて1945(昭和20)年に戦争が終わるや、子どもの自殺率は再びうなぎ登りに上昇し、1955(昭和30)年には15.6とピークに達します。映画などで美化されることも多い時代ですが、子どもにとっては最も「生きづらい」時代だったようです。

 はて、どういう自殺が多かったのか。当時の自殺統計を見ると、10代の自殺原因のトップは「厭世(えんせい)」です。世の中が厭(いや)になったということです。戦前と戦後という新旧の価値観が入り混じり、苦悩する青少年も多かったそうな。また、青年男女の無理心中も多発していました。相思相愛にもかかわらず、旧来の「イエ」の価値観から交際や結婚を反対されての心中…。これなども、時代の過渡期にあった当時の悲劇と言えるでしょう。

小・中学生の自殺、原因の1位は「学業不振」 |WOMAN SMART|NIKKEI STYLE

 

 これがもう一度現代に蘇るのかもしれません。

蘇ったら最後、徐々にAIの居る世界に対応できない人間は自殺していくのだと思います。

 

ですが、この段階でAIは何も悪くありません。自我を持っていても映画のように人間を殺そうなどとは考えていないでしょう。彼らはできることをしているだけです。

これが冒頭の”AIが無自覚に人を死に追いやる”と書いた理由です。

 

あまり実感できていない方へ

例えば親愛なる読者の皆様の中で、すでに人生が毎日つまらないと感じている方や楽しいことをしたいが、自分が何を楽しいと思うか全く持ってわからない。と言う方は、多分あまりいらっしゃらないでしょう。

 

やりたいことはたくさんあるが、時間とお金に余裕がないと思われている方が大半かもしれません。また、SNSで見渡してもそういった人ばかりで、先ほどの引用した人達を見たり聞いたりすることが少なく、対岸の火事。と思われている方が多いと思います。

 

  • が、しかし、僕は昔、大好きなPCゲームをやり続けて最終的に何を遊んでも楽しくないと言う状況に陥りました。そして、楽しみを求めて無理やり遊び、精神的苦痛を得てゲームを辞めるとsいう経験したことがあります。

それと同じように、もしも今皆さんに労働しなくても毎月それなりの収入が見込める状況になり、延々と趣味に没頭した時にふと趣味を苦痛と感じる、今まで楽しいと思っていたことが苦痛に感じる事が起りうるのではないでしょうか?

 

 

海外旅行や国内旅行は行きたいところに全て行き尽くし、レジャーや何やらもすべてやりつくしたら?

やり尽くせないということはないでしょう、だって十年後にそういった状況が訪れてもまだ死ぬまで五十年近くあります。体も十分動き、余裕でこなせます。

 今まで貯めてきた、やりたいことリストをすべて消化し終わった後にどう生活していきますか?

 

 

まとめ

ちょびっと手に余る話題でした。うまくまとめ切れたかどうかわかりません。

AIが進出した結果、仕事を無くし生活に何の不安がなくても人生に生きがいややりがいを見いだせず、生きていくのが嫌になって精神的に死ぬ人、また、自殺する人が増えるのではないか?

と言ったことが言いたかったのですが、伝わりましたでしょうか?

 

ある意味AIとの出会いは必然と言っても過言ではありません。

僕は、AIとは人類が初めて出会う知的生命体であり、また、人類の意志でいつ出会うか決めることのできる唯一の存在である。そう考えています。

 

  僕らはまさしく、幼年期の終わりにいるのです。