東屋書店

一つのブログは一冊の本である

広告

おそらく結婚はできんだろうが

私の書いた本が出ました!!!

画像生成AIで絵を作りたい人必見です~

 

無職転生が読み終わった。今は外伝を読んでいる。おもしろい。

 

これで他ごとに集中ができるよかったよかった。外伝はまた時間があるときに読み進めていこう。

 

しかしながらこれを読んでいると無性に結婚がしたくなる。結婚とまではいかずとも彼女がほしくなる。

この人生いまだ彼女がいたためしがないが、彼女だ嫁だなんだのと楽しげに書かれているものを読むと捨て置いた気持ちが向くりと顔をもたげて呼んだ? と聞いてくる。

 

正直彼女や結婚ができるとはもう考えていない。20の初めはそんなことを思って胸を痛め枕を涙で濡らして年中振られてもいないのに傷心で精神不安定であったが、30にもなると何も感じなくなってくる。必要以上にストレスを抱えなくて済むのでいいなとは思うが、逆に大切な何かを忘れてきた気もする。

 

正直な話いいことづくめだ。第一に金がたまるようになり始めた。まだ微々たるものだが恋人を手に入れようと身なりを整えたり、見栄張りで金を使って仕事のストレスで風俗に通い毎月給金を全額使うような人間だったが年を経るにつれて、身なりがそれなりになり見栄も張らなくなり、ストレスもかからなくなったので浮いた金で風俗にもいかなくなりその分のお金がたまるようになってきた。

 

この境地に至るまで10年かかった。思えば周りの友人はもっと早くそのような境地に至ってたような気がする。もっとも、この境地はある意味諦観のようなものなので20も初めから友人たちは人生に諦観をもって生きていたのだろう。さらに言えばこの世の人は概ねそんなもんなんだろう。それが楽しいかどうかは謎である。

むろんこれは過去の自分を正当化する屁理屈である。

 

なので最近はある意味諦めのような気分で毎日を過ごしている。こんなもんだろうと思いながら暮らしている。

それが親には気に食わないらしい。もっとハングリーに生きてほしいらしい。だが、10年は少なからずハングリーに生きてこの様であるからもうゆっくりしてていいのではないか。収入がまだ不安定であるのでその辺はまだずっと考えていく必要はあるが。

 

この年になって親云々と言いたくはないが何分実家暮らしなので致し方なしである。独り暮らしもしていいが、おそらく独り暮らしすると仕事のストレスに耐えきれない気がする。

 

なぜだか知らんが自分はどれだけ人に囲まれようと孤独感に苛まれるらしい。親しい友人にそんなことを言うと、なぜたくさんの人に囲まれているのに孤独感を抱くのか不思議でたまらんようだ。おそらく真の意味で心許せる人間を肉親以外に作ってこなかったのが原因だろう。どうしてもそれ以外のところでは身の程に自分を作ろうとしてしまう。それも自分だしいいじゃないかと言われてもずっと疲れるのだ。

 

真の意味で心許せる人間。それは彼女か結婚相手かと考えるが、正直彼女ができたとしてそんな重いものを出してしまっていいのかと言う気もする。迷惑がられるのではないだろうか。

 

と、寝れずに彼女もいたことないのに考える夜長だ。