どうもふしめろです。今回はこの本を読みました。
悩みどころと逃げどころ(小学館新書)
月間200万ページビューの社会派ブロガーちきりん氏と、世界一のプロゲーマー梅原大吾氏の異色人生対談。
「梅原さんは学校が嫌いで、授業中は寝てばかりいたという。それなのに私の周りにいる、一流大学を出た誰よりも考える力が凄い。いったいどこで学んだの? 学校の役割って何なんだろう……」。
そんな、ちきりん氏の疑問から始まったこの対談は、「いい人生の探し方」にまで発展しました。
小さい頃からゲームという“人生で唯一無二のもの”に出あいながらも、「自分の進む道はこれでいいのか?」と悩み続けた梅原氏。一方、いわゆる“エリートコース”を自分から降りたちきりん氏は「頑張って、頑張って、それでもダメだったら、自分の居場所を探すために“逃げる”のも幸せをつかむ方法」と言う。
立ち位置も考え方もまったく違う二人が、足かけ4年、100時間にもわたって語り合い、考え抜いた人生談義。学校で真面目に勉強してきたのに競争社会で行き詰まっている人、やりたいことが見つからなくて悩んでいる人必読! 今日から人生が変わります!
この本は面白い、しかしなぜ面白いのか?
端的に言ってこの本は面白い。ああ、一切合切の狂いもなく面白いのだ。多分誰が読んでも楽しく感じられるだろう。
しかし、それはなぜ面白いのだろうか?
対談本だからだろうか?
対談と言えば最近の有名な本で言うと、
この二冊が非常に面白い対談本だ。対談コラムで言うと
この心のベストテンと言うコラムが死ぬほど面白い。
ではこれらの対談ネタは何が面白いのだろうか?
面白いの分析
心のベストテン
まずはわかりやすい心のベストテンから見ていこう。
このコラムがなぜ面白いのかははっきりしている。
- ダイノジ・大谷ノブ彦氏
- 音楽ジャーナリスト・柴那典氏
登壇する彼らの音楽に対する深い造詣を見ることが出来るからだ。
コラム中で紹介されるナンバーの裏話だったり、それがどう言う背景で出現したのか? そしてそこにおけるアーティスト達の役割話が繰り広げられていく。
今注目しているアーティストの紹介においては間違いなく注目されてしかるべき素養を持った人ばかりだ。
2人の対談は、誰もが分かる音楽というテーマで共通しており、
非常にわかりやすく、なおかつハイレベルだ。
そのハイレベルさのおかげで音楽の面白さを聞くだけでなく周囲の状況も合わせて楽しむという、またひとつ違った楽しみ方を見いだすことが出来る。
誤解を恐れず言えば、分かってる人が自分も興味があるテーマで話しているのを横で聞くとすごく面白いのと同じ感覚である。そこには常に発見と驚きが両立する。
嫌われる勇気・幸せになる勇気
この本の面白さは少し屈折しているが、
- 青年
- 哲人
この2人が対談している。
青年は哲人に向かって喰ってかかるが、哲人はそれを真正面から受け止めて返していく。
ここで重要なのは、読者はどちらに意識を向けているかである。
まず、この本の形態としてはフィクションに近い。哲人と青年は作り上げられた存在であるからだ。モデルは著者の岸見 一郎氏と古賀 史健氏らしいが、名前が違うと言うことは概念が違うと言うことであるので著者のエッセンスがどれほど入っていようとそれはフィクションである。
閑話休題
では、読者はどちらに意識を向けているかというと、哲人と青年に半々に意識を振っていると思われる。青年の意見に同調するが、時には哲人の切り返しに自身が言ったと錯覚しながら驚嘆するものの、青年の言葉には自分の実体験からくる怒りと共に哲人に心から喰ってかかる。読者の心は常に揺れ動き続ける。
対談する2人は明らかに別種の存在であるがゆえに、同じ場、同じテーマを共有することによって生じる摩擦から鉄をも溶かすほどの熱を発生させているのである。
悩みどころと逃げどころ
さて、本題のこの本。
この本は
- ちきりん氏
- 梅原大吾氏
この2人の対談である。テーマは学校教育について。
ここで面白いのは先ほど紹介した2つの面白さを両方取り込んでいるところである。
お互いに分かっている人である
彼らは何について分かっているのか?
それは自分の人生について分かっている。
と言うことである。
自分の人生がどういったモノなのか?
これが納得感を持って分かっているのだ。
そもそも分かっていない人はこんな本は書けないから当然と言えば当然である。
明らかに違う立ち位置
そして2人の立ち位置はまるで逆である。冒頭の紹介文を抜粋してもう一度引用しよう。
小さい頃からゲームという“人生で唯一無二のもの”に出あいながらも、「自分の進む道はこれでいいのか?」と悩み続けた梅原氏。
一方、いわゆる“エリートコース”を自分から降りたちきりん氏は「頑張って、頑張って、それでもダメだったら、自分の居場所を探すために“逃げる”のも幸せをつかむ方法」と言う。
立ち位置も考え方もまったく違う二人が、足かけ4年、100時間にもわたって語り合い、考え抜いた人生談義。
正直この紹介文は本質的なことを言ってないような気がする。
この2人の何がどう違うのかが全く不明瞭だ。
見ようによっては梅原大吾氏が悩んでいるのをちきりん氏が諭しているように見えるでは無いか。
なので本書を読了した僕から見れば的外れすぎる。
梅原大吾氏は典型的なひとつのことを情熱持ってやり続けろ、逃げるな本気になれ。と言う良くある一点突破型の論調だ。
一方のちきりん氏は説明文にもある通り、ダメだったら次にいけと言った複数ルート型の論調だ。
この二つの論は全くもって相容れるわけが無い。なぜなら一点突破型はダメだと思ってもそこからさらに足掻けというのに、複数ルート型はダメだと思ったら別の道を探せと言う。
そして問題なのは世の中にはその二つの論が水と油の様に平行して存在しており、どちらが優れている分けでも無いし、それを実証するようにどちらの論も成功者と呼ばれる人を輩出しているのだ。しかも、こういった本は自分の論について展開していくため、非常に独りよがりだ。これではこの二つをどう判断していいか分からない。
しかし、誤解を招くことを承知で言えば、この本が非常に画期的なのは*1、本書の中で2人はその両論の成功者として対談をしていると言った点だ。
今まで両論の成功者が対談したことがあるだろうか? 2つの立場で対談がなされることにより、嫌われる勇気・幸せになる勇気でしめした通り、心の揺れ動きも出現している。
しかも交わされる内容はハイレベルで、学校教育という誰もが一度は通り、不満を覚えたことがあるだろう、非常にわかりやすいテーマだ。
面白くないわけが無い。
まとめ
さて、3つの面白い対談を例に挙げたが、そのどれもに共通している面白さとは何だろうか?
それは、対談する2人が対談を心の底から楽しんでいると言うことである。
心のベストテンしかり、悩みどころと逃げどころしかり、嫌われる勇気・幸せになる勇気ですら、哲人は青年のことを友人として受け入れ青年はそれに感動したりして、明らかに楽しんでいる。
人が楽しんでいるモノを横で見ているとなんだか楽しくなってくるのはよく知られた事だと思うが、対談を成功させるためには対談自体を著者が楽しんでいる必要があるのでは無いだろうか?
*1:ちきりん氏を成功者とみるかどうかは炎上しそうなので