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東屋書店

一つのブログは一冊の本である

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雨降りの午後に

雑記-エッセイ 雑記

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午前中にやっとこさ二作目の表紙を作り終わり、KDPに突っ込むとどっと疲れが押し寄せてきた。何なのだこの疲れは。対して動いてないのに頭がボーっとする。動きもぎこちなくなってきた。

 

近頃寝つきが悪く、悪夢が続いている。昨日なんかエイリアンに貪り食われる夢を見て飛び起きてしまった。このせいだろうか? いや、それとも今日は土砂降りだったので低気圧のせいかもしれぬ。もっともらしいことを言えば、二作目の執筆が終わり、緊張が切れたためではないだろうか?

いずれにしろ、今知りたいのはこの状況に陥った原因ではない。早く立ち直り、生産的な行動が起こせるようになるためのステップだった。

 

常に物事は「ではどうするか?」によって引き起こされる。

気分が重い、アンニュイだ。

「ではどうするか?」

生産的な思考の始まりである。

 

それならば。と、執筆が終わったら読むように買っておいた、脇に詰まれたままの本に手を伸ばした。

 

ベストセラー小説の書き方 (朝日文庫)

 

 

一番上に載っていた本は、随分と直接的なタイトルで目を引く表紙だった。

しかし、表紙に触れたところで手が止まる。どうも気乗りしない。

 

ひとたび本を開けば素晴らしい世界が次から次へと自分の中に飛び込んでくる事はわかっていた。一度も読んだことのない本であればなおさらである。

しかし、表紙に触れた僕の腕は心の手によって押さえつけられていた。

 

頭が読ませろ、心が読むなと僕の腕を取り合う。

流石にこんな状況で本を読んだところで、外野に喚かれろくに内容が入って来るはずもない。

 

ではゲームでもするかとパソコンの前に座りゲームアイコンをクリックしようとするが、開いたのはブラウザだった。

「おいおい、ランチャーすら起動しないのかよ」

そう指摘するが僕の心はだんまりだった。

 

じゃあ、ブラウザで動画でも見るか。と、再度気持ちを切り替える。しかしどれもこれも面白くない。じゃあ何が面白いのか? そう心に問いかけるが依然黙ったままだった。

 

心は「もっと面白いものを!」と僕に要求する。しかし、僕にできる事と言えば既にやった上記の三つ以外になく、それ以外の事となると必然的に外に出て遊びに行くことだった。

 

僕は窓のカーテンを開け、降り続く雨と覆いかぶさった灰色の雲を見る。

「こんな日に遊びに行けるところなんてあるわけないだろうよ」

心は一層深く沈み、僕はぼんやりとガラスを伝う雨のしずくを見た。

 

どうも僕は自分の体を動かすことはできても、自分の心を動かす術はまだ体得していないようだった。

 

まとめ

非常にダウナーな気分になっていたので、こういう日にかける文章という物があるだろう。と思い書きました。

 

なかなか普段とは違う文章が書けて満足です。