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東屋書店

一つのブログは一冊の本である

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そろそろ人生について覚悟を決めたほうがいいのかもしれぬ

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どうもふしメロンです。

最近初クラブ行きましてクラブ大好き人間になってしまいました。

踊りすぎて次の日筋肉痛になるけどな!

 とりあえずこんな曲聞きながら書き進めていきましょう。

 

さて、人生の責任とは何ぞやということですがまだ言語化できていないのです。

しかし、少なくとも現状勤め人という境遇は自分の人生に責任を持てていないような気がする。

自分の人生を完全に自分で決めていないから、納得した生き方ができていないからこういう考え方になるのではないか?そうして考えるとある一定のところで今の勤め人という境遇を辞める必要がある。その次は自営業をするしかない。今の境遇に飽き飽きして辞めるならもう自分で日銭を稼ぐしかないのである。

 

しかしそこで立ちふさがるのは今の勤め人という境遇の楽さ加減だ。
自分で仕事を取ってこなくても社長が作った仕組みの上で日々の業務を回していれば給金が入り、その成績によって年何回か賞与も手に入る。ある意味自分の身の丈以上の生活ができるのだ。

 

極寒の地に湧き出るぬるま湯の底なし沼に腰まで浸かってしまった今の僕は抜け出そうか抜け出さまいか考えているということだ。

抜け出さなければ寒くて体全身を温めるには低すぎる温度の沼に一生浸かることになり、抜け出せばずぶぬれになった体を凍らせるような極寒の地を凍死のリスクを抱えながら進み、どこにあるかはわからないがどこかに必ずある裸で寝ても大丈夫な綺麗な海があるようなそういう楽園を目指し続けなければならない。

 

そうして僕には若さゆえのうぬぼれかもしれないが極寒の地を行く力はあるだろうということまでわかって来た。しかし、僕はその極寒の地を行くだけの理由というものが全くないということもわかってきた。

何のためにその極寒を行くのか?何のために楽園を目指すのか?その辺の理由が見つからないのだ。ただむやみやみくもに濡れた体で駆け出せば数瞬もしないうちに凍り付き、助けに来てくれた仲間に底なし沼へ連れていかれ今度は頭から突き落とされるだろう。そうしたらもう二度と抜け出すことはできないのかもしれない。

 

だからこそ僕はその駆け出す理由を求める。

頭から突き落とされた底なし沼から再度抜け出すことのできるだけの理由を。

 

そうしてその理由に殉じるということを決めたとき。僕の人生は完了する。

人間の覚悟 (新潮新書)