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一つのブログは一冊の本である

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スポーツ選手とブログ運営者のブランドと言う共通項

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どうもふしめろです。

 

 最近ニュースで賭博、賭博騒がしいですね。

 主にスポーツ選手がやっていたということで問題になっていますが、実際、彼らだけがやっているわけではなく、サラリーマンやフリーターも同時にやっているはずですが、彼らは警察ドキュメンタリー番組とかでしかクローズアップされませんよね。

 

 なぜ彼らだけが大々的な問題になるんでしょうか?

 

 ”法律違反だから”では少し幼稚すぎる結論に達しますので、深く考えてみます。

 

スポーツ選手とブログ運営者の共通点

 サラリーマンとかその辺をあえて一般人とまとめますが、一般人と彼らスポーツマンは何が違うのでしょうか?

 

 まず解りやすくメディア露出度が違います。僕はテレビに出ないしラジオにも出ませんが、彼らは実名でテレビに出てラジオに出ています。なので認知度が僕と彼らでは雲泥の差なのです。

 しかも彼らは企業のCMに出演したり、本を出したり、自らの存在でお金を得ています。

うらやまけしからん。

 と言うことは、彼らの存在と言うのは一つの商品と言っても過言ではないでしょう。

 いや、野球をはじめとする各種スポーツ産業の大部分はその選手、所属チーム、チーム運営会社の観客動員力を見込んだ企業の広告収入で持っております。

 

 なので僕をはじめとするブログ運営者が、記事を上げてPVで各種アフェリエイトを殴って収入を得る構造が大規模になっただけです。根本システムは非常に似通っています。

 

 で、あるならば少し強引ですが、ブログ運営者とスポーツ選手は関連性があります。

 

 つまり、ブログに書いているIT系やエッセイ系などの傾向が野球やバスケなどのスポーツジャンル。そこで記事上げ続けている僕ら運営者がスポーツ選手。

 さらに、徒党を組んだGIGAZINE、シゴタノなどのサイトがそのジャンルのチームと言う認識です。

gyazo.com

 

 なので、選手にも上手い下手がある様に、僕らも記事にうまい下手があり、しかもチームもあるわけです。よく似ています。

 

 そしてさらによく似ているのは、どちらも

ブランドという物が重要視される

と言うことです。

 

ブランドとは何か?

 こういう時に人によって曖昧な言葉を取り扱うときに便利なのが辞書です。

なのでブランドを定義します。

 

ブランドとは製品につける名前、ないしは名前がついた製品そのものをいう。転じて他と区別できる特徴を持ち価値の高い製品のことを指す場合がある。

ブランドとは - コトバンク

ブランド: brand)とは、あるサービスを、他の同カテゴリーの財やサービスと区別するためのあらゆる概念。当該財サービス(それらに関してのあらゆる情報発信点を含む)と消費者の接触点(タッチポイントまたはコンタクトポイント)で接する当該財サービスのあらゆる角度からの情報と、それらを伝達するメディア特性、消費者の経験、意思思想なども加味され、結果として消費者の中で当該財サービスに対して出来上がるイメージ総体。

ブランド - Wikipedia

 

 あまり引用の力がないですがwikiのほうが使いやすそうです。

 

 さて、ブログ運営のブランド論については様々なところで言われていますが、例えばこのブログで行くとなんでしょうか?たぶんこういった小難しいことを頑張って解りやすくかみ砕いてみようと言った姿勢かもしれません。

 

 例えばどこかのブログでは、自らにたぎる情熱を周囲の人に伝播させようという試みかもしれません。

 

 例えば野球やバスケでは、そのドラマチックな展開で人々を魅了させる選手たちの動きかもしれません。

 

 例えばゴルフでは、その上質な雰囲気とパター時の集中、そしてカップインしたときの解放感なのかもしれません。

 

 そういったものが各種ジャンル、またチームとしてのブランドとして認識されていると思います。

 

 であれば人としてのブランドとは何なのでしょうか?

 多分それは信用だと僕は考えます。あいつの生み出す文章は個性的だ!と言う信用。あいつのプレーはいつも魅せてくれる!と言う信用。

 期待感と言ってもいいでしょう。そういったものが人としてのブランドだと思います。

 

 そしてある程度ブログを運営していると、はたと気が付きます。自分のブログとはこういうブログなのではないのか?と。

 端から見てておかしい話のように思えますが、試行錯誤していろんな記事を書くと次第に方向が定まってきて、ある日ふと気が付くのです。

 多分、スポーツ選手も似たような感じなのではないでしょうか?延々と様々なプレーをし続けてある日ふと自分のプレースタイルが分かる。自分はこういう選手なのだ、と。

 

 そしてもしそうであれば、そのスタイルに反したときにどういう事になるのかは、ブログ運営者ならわかります。PVの激減、収入の悪化、違法行為でもしようものなら最悪の場合閉鎖+プライベート特定です。

 

 そして、スポーツ選手の場合彼ら自身がブログと同等の存在です。

 

 しかも、僕らはまた新しく名前を変えてブログを再会すればいいですが、彼らは生身の一発勝負に近い。最初から実名+スポンサーとダイレクト契約です。

 その違法行為が発覚したときの影響たるや生半可なものではありません。プライベート特定どころか選手生命を断たれてその世界から事実上の死を言い渡されます。

 僕らに例えると、二度とブログやSNSなどで発信ができないと同じです。

 

 だからこそ、その影響の余波で散々ニュースに取り上げられて頭を下げなくていい人が頭を下げるまでの大問題となるのです。

 

 これで今回は締めさせていただきます。

 

まとめ

今回は

そしてある程度ブログを運営していると、はたと気が付きます。自分のブログとはこういうブログなのではないのか?

 

多分、スポーツ選手も似たような感じなのではないでしょうか?延々と様々なプレーをし続けてある日ふと自分のプレースタイルが分かる。自分はこういう選手なのだ、と。

 この部分を書いている時にこの記事を思い出しました。

www.hushimero.xyz

  懐かしい。確かこの時に身内が逝ったのでいろいろ忙したっか記憶があります。

 それはさておき。

 この2つの引用文でわかることは、自分はこうではないか?と言う境地に至るまでには様々な試行錯誤をする、ある程度の時間が必要と僕が考えていることが分かります。

 しかし、その境地に達してもたぶんその次の段階。つまり「自分で決める」と言う段階が存在するのではないでしょうか?

 

 自分はこうではないか?と言うところまではただの推測でありますが、ここからさらにその自分を受け入れる。と言った段階に達しなければ何物にもなれないのではないでしょうか?

 と言うことは、自分が今まで作り上げてきたブランドを振り返り、今と言う自分を定義する。今に意味付けする。と言う作業でありますが、取り違えてほしくないのは過去は完了している。と言うことです。

 なので、過去を振り返り、今を見つめて、これからどうするのか?どうしたいのか?

 まで考えて受け入れないと、いいものにはならないでしょう。過去が悲惨だったらそれを土台にして悲惨な未来を作り上げてしまうので。

 

 それでは、お暇します。