珍しくツイッターで書きまくったので、まとめておいておきます。トギャッターにまとめようかと思いましたが使い方わからんので優しい人がまとめてくれると嬉しい。
日本が発展するには、5年でGDP2倍にするとかそういう頭のおかしい目標を持つ政治家が団結しないと行けないかもしれない。もしこの目標を達成しようとなると様々な弊害が出て来るのは想像に難くないが、面白いのはこのプロセスではどう転んでも現状の諸体制はほぼ役に立たないと言うことだ。つづく
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
ではどうするかというと新しく1から全てを考えて、その通りにGDP2倍体制を構築していく必要がある。で、日本はコレに近い事を少なくとも一回やってる。明治維新だ。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
明治維新は超意訳すると、「江戸幕府じゃ逆立ちしても欧米列強に勝てないから、勝てるように国を作り直しましょうねー」っていう国の体制変更なのよ。その結果、世界大戦に突入してもアジア最強の名をほしいままにしたのよね。まあ負けて再度、強制的に体制変更したけどね。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
で、戦後の新体制が出来たのだけれど、まあこの新体制への移行も成功はした。高度経済成長期がその結果だ。なんだかんだ連合軍に新体制を強制されたけど、このままで終わってたまるかって当時の人間が頭ひねった結果だろうね。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
ただ、俗に言うバブル崩壊後の「失われた20年」で証明されたように、この戦後体制はほぼほぼ限界に達している可能性が高い。しかも、コレは日本に限ったことじゃなくて、当時の連合国側も同じような状況なのよ。理由は技術発展の上がり方にある。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
誰でも知っている通り、20世紀から今世紀までの技術レベルの上がり方は、人類史上から見てほぼほぼ垂直で上がっているのね。で、明治の体制変更が約150年前、戦後の体制変更が約45年前なのよ。なので、明治-戦後を見ると約100年で体制が変わってるわけ。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
じゃあこの100年で技術はどのくらい増えたかというと、明治時代は19世紀なので、その期間の重大技術だけでも、蒸気機関、飛行機、大量印刷、機械計算機、鉄道、電信機、電話機、モーター、発電機、白熱灯、電車、内燃機関、自動車、化学合成技術の幕開け。戦後20世紀はコレの10倍以上はある
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さっきの話しに戻り、日本がなぜ高度経済成長を遂げれたかというと、この技術爆発するときに若い体制を採用することが出来たからだ。若い体制は未熟のため、当時の最新技術を貪欲に吸収しその体制を強化する必要がある。同時に世相にも柔軟に対応できて、朝鮮戦争などの特需に乗れたのも大きい。
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で、順調に推移していったはいい物の、結局バブルが崩壊してしまっやた。まあ終わったことをどうこう言ってもしょうが無いが、政府はバブル崩壊後の新体制構築を怠り、そこからダラダラと20世紀後半の技術ラッシュを完全に逃した結果が今の日本というわけだ。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
いや、新体制を創ってたかもしれんが、失われた20年とか言われている時点で完全に動向見誤ってるよね。終わったことだししょうがないっちゃしょうが無いけどさ。で、当時の欧米列強はというと恐慌に会いながらも発展は遂げてきたわけ。でもそれには陰りが見え始めている。
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それは先進国の高齢化社会に始まり、EUの騒動、最近のアメリカの新大統領候補者について調べれば分かる通りだ。陰り。今はまだ晴れて居るが太陽に薄ら雲がかかったような陰りだ。
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この陰りを一笑に付すのか、先行き不安とみるかは人それぞれだが、1つだけいえるのは、先進国の大半が高齢化社会、移民、環境保全、技術特異点対応に代表される、似たような問題を抱えていると言うことだ。と言うことはこの問題を解決する国が出現すれば、他の先進国から一歩抜きんでることが出来る
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どうやって解決すれば良いか? さすがに方針しか提示出来ないが、何度も言うように「これらの問題を解決出来る国を創り、列強国に勝てる国を創る」しかない。なぜ勝てる国にしなければならないかというと、これらは自国内で完結する問題では無いため、弱っちいと現状の列強にババを引かされるからだ
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そして、よくよく考えると明治維新の「江戸幕府じゃ逆立ちしても欧米列強に勝てないから、勝てるように国を作り直しましょうねー」を見直すと、現状によく似ていると言うことに気がつくだろう。では明治維新のころに日本は何をやって戦争に勝てたのかと同時に現代で言う勝ちとは何なのか?を考えてみる
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
明治維新とは、当時の列強国から植民地化されないように近代化を進めようという流れだった。要はイギリスから始まった産業革命の流れが極東の日本に届いたと言うわけだ。当時のイギリスでは18世紀から19世紀に起こった数々の技術革新に対応した社会体制に変革した。コレが産業革命の定義とする。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
となると、続く20世紀に人類史上最強の発明たるコンピューターを端に発する新技術が軒並みでてきている。これに対して産業革命の対応を出来た国はあるだろうか? 僕の考えでは現状先進国はほぼほぼ対応している。というか対応した結果、先進国になれたというのが正しいだろう。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
さっきのだが、「先進国になれたというか維持できた」が正しいかもしれない。当時の新興国がこの産業革命に乗っているが、明らかに主要都市の町並みが先進国然としている。もし、先進諸国が乗れていなかった場合、立場が逆転していただろう。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
そうして、先進国は近代化から情報化に対応できて一安心。とやっていたのだが、どうも様子がおかしい。それもそのはず、人間の想像を超えて情報技術は発展しまくって来た。その割に大多数の人間が情報化に対応することが出来ていない。情報化からこの間十数年である。明治-終戦間を見ても異様に早い
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そしてこの高度情報化とも呼ぶべき産業革命の対応に先進諸国が追われる中、今度は技術的特異点なる人工知能化という産業革命も現実味を帯びてきた。この間十年足らずだ。この100分の1にまで超圧縮された産業革命の連続が歪みとなって先進国の諸問題は発生している。
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なぜなら産業革命とは前述した通り、社会体制の変革だ。勝ち筋の抜本的改革に他ならない。初期の産業革命は工業を強化して組織の生産性あげると物量で押し切れて強い。だったのが、工業力が互角のライバル同士は情報化して繋がりをたかめると組織の質が上がって物量が同じでも強いとなった
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だからある意味、国対国の生存戦争に近いのだが、何事にも代償があり、その代償が社会体制の変革となって国民に負担がのしかかる。
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ついこの間まで産業の機械化だと見たこともない機械が導入されて必死で覚えて使いこなせるようになった矢先に、今年度から製図はCADっての使って3Dモデル構築して、それをマザーマシンに読み込ませてコンピュータが加工します。とかなったら確実に反発あるだろ。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
でもそれをしないと、競合他社との競争に負けて生活できないわけ。コレは会社単位だから良くある話しで片付けられるけど、国家規模で、しかも十数年という超短期間で変わっていくわけ。義務教育終わったら今まで習ってきたこと全部パーです。って言う目も当てられない状況も起こりうるわけ。
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しかも、この産業革命の進歩は今後ますます早くなっていくことが予測されているわけで、1年足らずで次の産業革命とか言う訳の分からないことだって起こりうる。と言うことは、これから起こりうる高頻度産業革命時代に適応した国が、次の時代を牽引するリーダーになれるわけ。
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そうして考えると、どういった社会体制を構築すれば次の時代を牽引できるリーダー国になれるかと言うと、今後どんな産業革命があっても対応できる人間を育成できる国だ。日本なら義務教育機関が終わっても全く陳腐化しないで、あまつさえその産業革命時代を乗り切ることが出来る人間だ。
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ちなみにコレは、フィンランドが一歩リードしている。プラットフォーム戦略と呼ばれるもので、「すでにある基礎的な道具の使い方を学ばせる」という戦略だ。コレをすることによって「今目の前にある問題はどのようにすれば解決できるか」という思考が養われる。
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この思考は超重要だ。例えば、100問の算数の問題がある。どうすれば終わらせられるかどうか? こうなると今の小学生は鉛筆を持って暗算していくだろうが、社会人なら迷わず電卓かスマホを取り出して計算し始めるだろう。逆にしなかったら大目玉を食らう。
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この時、社会人の方が圧倒的に計算速度が速いわけだが、では社会人は小学生より能力的に優れているのだろうか? コレには賛否両論あるだろうが、どう考えても電卓という基礎計算能力を習得している社会人の方が優れている。逆に言うと小学生に電卓を教えれば体は子供、頭脳は大人の名探偵になる。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
社会人が小学生に比べて有能なのは、いくつもの基礎的な能力。つまりプラットフォームを使用することが出来るからだ。どんな問題が発生しても、アレとアレを組み合わせれば突破できる。と思いつくことができる。これが義務教育機関の内容をほとんど忘れて居ても第一線で活躍する社会人が存在する理由だ
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現にフィンランドはこの戦略によって2012年の学習到達度調査(PISA)の結果に置いて、上位に位置するという好成績をたたき出している。https://t.co/QSWg7BgjYf
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この辺のことはこの本に書いてある。
もっとも、フィンランドと同じように電卓を使用したりと言った教育戦略を、日本がとったところで成功するかどうかは怪しい。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
しかし、高頻度産業革命を見据えた教育としては一番近いのかもしれない。
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疲れたので終わり。
— ふしめろ (@hushinomiya) October 12, 2016
追記 フィンランドの教育は失敗の可能性がある
まあコレを考えるに、フィンランド式の教育は失敗してしまったようです。まあ当たり前のことですが、プラットフォームを使えるように指導したところで概念教育が出来ていないと話にはなりません。
例えるなら同じ検索サイトを使えるという人間でも概念量の違いによって持ってくる検索結果の質が違うと言うことが上げられます。
フィンランドはその辺を失敗してしまったのかもしれません。